fc2ブログ

だまされるな!溢れる情報の中で漂流するあなたへ! 

巷には情報が溢れています。しかし情報に翻弄され、ニュース・商品等の正しい姿が捉えらません。溢れる情報に騙されたくない皆様に、山一證券を経てコンサルの筆者のブログジャーナル。

武井壮、「結婚相手は若ければ若いほどいい」と主張し視聴者ドン引き・・・“人間は動物である”典型例ですね!

ぼへー  科学や文化が発達し、先進国で現代生活を享受している人間は、ともすると「人間が動物である!」という“キホン中のキホン”を忘れてしまいがちです。
人類の歴史は“ホモサピエンス”からと考えても、20万年、それ以前の旧人類からと考えると700万年位になります。(諸説有り)
“文字の使用”などは、人類の歴史において最近の出来事で人類史のうち99%は文字の記録など無いのです。
また、人間は、物事の判断においても、巷間よく言われる「ノンバーバルコミュニケーション」「動物的カン」のように、(表層的な)論理的思考だけでなく、動物的(本能的・根源的)な判断が無意識的に支配している場面も多いことを忘れてはいけません!
「人間が動物である!」という“キホン中のキホン”を押さえないと「お花畑的理想論」「机上の空論」 → 最終的には“ダマされる”ということになってしまいます。
さて、今回のテーマは、「巷間に流布されている男性の女性観の“ウソ”」についてです。

************************************************************
<武井壮、「結婚相手は若ければ若いほどいい」と主張し視聴者ドン引き>  2019/11/26  ニュースサイトしらべぇ サバマサシ
 25日放送『有田哲平と高嶋ちさ子の人生イロイロ超会議』(TBS系)では、芸能界の結婚できない男達が集結し理想の結婚について熱弁した。そのなかで、百獣の王・武井壮(46)が「結婚相手に求めるもの」として「若さ」だと主張、視聴者からは厳しい意見が寄せられている。
◼若さを求める武井
結婚相手は「若ければ若いほうがいい」と主張する武井に、高嶋ちさ子は「これはヤバい」と絶句。スタジオからも悲鳴があふれた。
武井は慌てて、単純に年齢の問題というだけではなく「気持ちや社会的な常識が若いほうが楽しいし合う」とこの主張を解説、「怒ったり叱られたりするのが一番苦手。ケンカを絶対したくない」と語る。
「大人の社会的常識があって仕事のできる女性に叱られるのが一番苦手。失礼に当たるかもしれないが、ハッキリ言うと高嶋さんみたいな女性が一番苦手」と熱弁した。
************************************************************
ぼへー このコンプライアンス時代に「炎上商法」としての計算も多少はあるのでしょうが・・・
本当に心(金玉)の声に正直な方ですな・・・
いい大人がここまで正直に「自分が動物である」ことを標榜するのは“スゴイ”ですね。

「巷間に流布されている男性の女性観の“ウソ”」
高齢化社会であるからか?
はたまた世の中の女性に占める「若い女性」は少数に過ぎず、多数決だからか?
世の中の女性に対する意見を表明する際の現在における“正解”は~
「年齢を重ねる程女性は美しい・・・」
「“若いだけ”のオンナなんて・・・」
~といった切り口にしておくのが定石・コンセンサスでしょう。
しかしながら、世の中の風潮どおり、社会は動いているでしょうか?

そうです「NO」ですね。
そのような風潮はあくまで“建前”“理念”に過ぎません。
現実に、実際自分の事となると本音が(金玉から)滲み出てきます。

ぼへー 以下の様な事柄が良い例でしょう!
      ↓
************************************************************
<年下を求める男ほど子供を持てない "男に子作りのリミットはない"の恐るべき誤解>  プレジデント ウーマン 2019.09.17
  ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員 天野 馨南子
妊娠出産には女性の年齢が大きく関係していると思われがち。けれど近年国内の様々な統計データからは、男性の結婚年齢と出生率の関係性が非常に強いことがわかっています。男性は婚期が遅れても子どもを持てると考えるのは大間違いなのです――。
※本稿は天野馨南子『データで読み解く「生涯独身」社会』(宝島社新書)を再編集したものです
母親はなぜ息子の婚期を遅く希望するのか
男性の結婚への取り組みが女性より遅れる原因について、「男性の年齢と結婚できるかどうかは、女性ほどは強く関係しないはずだ」という、統計的には誤った一般的な思い込みがあります。
データからは、「子どもより親のほうが、子どもと長く暮らしたがる傾向にある」「とくに母親の、息子に対する結婚希望年齢が遅い」という状況が浮かび上がります。
この母親が持つ意識の問題について、その原因を考えてみたいと思います。
なぜ、母親は息子の婚期を娘に対してよりも遅く希望する傾向にあるのでしょうか。そこには、「孫の顔は見たいけれど、うちの子は男だから、多少結婚が遅れても若い女性と結婚さえすればいいのよ。そうすれば孫は授かれるから」という発想があるように思います。実際に、結婚支援をしている支援側の年配女性の口からさえも、こういう発想からくる発言が平然と語られることがあります。
【50代でも34歳以下の女性を希望する男たち】
この「男だから婚期が遅めでもいい」という発想は、結婚相談所の登録男性の言動からも十分うかがい知ることができます。
結婚相談所では、「そろそろ子どもが欲しいから結婚を考えて登録することにしました」という男性が少なからず見られます。親から「そろそろ孫の顔を見せろ」とせっつかれた人も含まれています。
そうした男性たちの希望は、「判で押したかのように」妊娠力が高いとされる34歳までの女性に集中します。この希望を持つにあたって、男性自身の年齢がいくつであるかは関係ありません。自分が30代後半、40代、50代であっても、「子どもが欲しいから」と当然のように34歳までの女性を希望するのです。
こういったグループの男性のなかでも強気な人になると、「子どもを2人は欲しいから、32歳までの女性を」と要求します。このような男性の頭の中には、次のようなスケジュールが設定されているようです。
【強気な男性の頭の中】
●2人が出会う(彼女32歳)

●交際半年~1年で結婚(彼女32~33歳)

●妊娠1年(彼女33~34歳)

●出産(彼女34~35歳なので2人目の妊娠はすでに難しいはずだ)
「嫁さえ若ければ、孫の顔が見られる」幻想
上のチャートの発想から、「女性が32歳より若くないと2人の子どもを授かりにくい。子どもが2人欲しいから32歳より若い女性を」と要求するのです。
32歳までにとどまらず、20代女性を求めるケースも決して珍しくはありません。50代や60代(ごくまれですが70代)の男性が、「子どもが欲しいから20代の若い女性を」との希望を出すケースも珍しくないといいます。つい先日も、相談所に電話をかけてきて、「おたくの相談所には、子どもが生める20代の女性って登録しているんですかね?」と質問する50代の男性がいたと、相談所のスタッフが苦笑していました。
男性側、またその親たちの認識では、「妻さえ若ければ、妊娠・出産と子育ては問題ない。夫は年をとっていてもいい。子どもは夫が産むものではないのだし(育児は若い嫁がやるものだし)」という発想のようです。
************************************************************
    ↓
ぼへー まったく現在巷間に流布されている「女性は年を重ねた方が・・・」と言った女性観のカゲも形もありません。
残念ながら年齢を重ねた中年男の本音は、まるで“金玉丸出しのエテ公”の様な有様ですね。
やはり、「人間は動物である」という冷厳な現実を踏まえないと物事の本質に到達しませんね。

ぼへー しかしながら、婚活で自分より20~30歳も若い女性を(チンコ膨らましながら)探している位なら良いですが・・・
理性による抑制のきかない「金玉に目鼻がついたような人間」が、男性には非常に多くあらわれます。
本当に注意しないと、いつ被害に遇うか分かりません・・・
      ↓
************************************************************
<「虫が付いているよ」小2女児の下半身触る 会社員の男逮捕>  2021/10/7 神奈川新聞社
 神奈川県警座間署は7日、強制わいせつの疑いで、海老名市上今泉2丁目、会社員の男(26)を逮捕した。
 逮捕容疑は、9月3日午後1時25分ごろ、座間市内の路上で、市内在住の小学2年の女児(8)に「虫が付いているよ」と声を掛け、下半身を触るなどのわいせつ行為をした、としている。容疑を認めている。
 署によると、男と女児は面識がない。女児は学校から1人で帰宅途中だった。
************************************************************
<スナック経営の男 体験入店の女性にわいせつ行為容疑で逮捕 北海道・標津町>  2021/11/28 HBCニュース
 道東の標津町でスナックを経営する男が体験入店した女性従業員の体を触るなどした疑いで逮捕されました。
 強制わいせつの疑いで逮捕されたのは標津町に住む40歳の飲食店経営の男です。男は27日午前3時半ごろ、自身が経営するスナックが閉店後店内で10代の女性従業員の胸や下半身を触るなどわいせつな行為をした疑いが持たれています。警察によりますと女性従業員はこの日が体験入店で初めての勤務で、体調が悪くなったためソファで横になり男が介抱をしていました。女性が帰宅後、母親に被害を打ち上け、母親と女性が一緒に警察に届け出たことから事件が発覚しました。警察の調べに対し、男は「下心があって触った」と容疑を認めているということです。
************************************************************

ぼへー 「人間は動物である」≒「男は(発情した)オスである」・・・残念ながら、通常“薄皮一枚のような理性”で踏みとどまっていても、ふとしたキッカケで男は動物そのままに理性が働かない「金玉に目鼻がついたような人間」に変貌します。
また、そもそも“薄皮一枚の理性”すらない“金玉丸出しのエテ公”の様な男が世の中にはかなりの数存在することも認識しておきましょう。
現在の日本では、まだ行われていませんが、“金玉丸出しのエテ公”の様な男への解決策は、絵空事の理念ではなく、以下の様な方法しかないことは、諸外国の例を見ても明らかです。
それが正しいことは、あなただって「ペットを飼う」ときには、“オスの去勢”は常識であることからも、皆さんも実感できるでしょう。
「人間は動物である」ことを忘れた時、物事の認識を誤るどころか“貞操”・“命”の危険さえあるのです!
      ↓
************************************************************
<小児性犯罪者を化学的に去勢 「手術で切断し再犯を防げ」と賛同の声噴出 子供たちを襲ったとして、去勢されることになった受刑者たち。その心境は…。> 2021/08/17  ニュースサイトしらべぇ  マローン 小原
 性犯罪で逮捕された男たちに対し、「服役だけでは再犯は防げない」と考えた当局は、去勢もやむを得ないと判断した。実際に薬で去勢された受刑者たち、そして医療関係者の話を、『Daily Mail Online』などの海外メディアが報じている。
■性犯罪者を去勢処分に
カザフスタンで暮らす複数の受刑者が、化学的に去勢されているという。彼らは小児性愛者で、抵抗しきれない子供たち・未成年に対する性犯罪を起こし、有罪判決を受けている。
定期的に注射で薬物を投与されているこの受刑者たちは、刑期を終えた後も長期間に渡って注射を打たれるとのこと。徹底した再犯防止策に、受刑者たちはさまざまな思いを抱いている。
■弱音・不満を連発も…
テレビで心境を語る機会を与えられた彼らは、それぞれの思いを告白した。
「このような方法は体に悪い」「いずれ健康にも悪影響が出るに決まっています」「こんなことはやめてほしい」と肩を落とす者もいれば、「あのような犯行に及び、今は申し訳ない気持ちでいっぱいです」「あんな犯罪に走ってはいけないことを、僕の例で示したい」と言う人もいた。
また化学的去勢で性行為ができなくなったことを嘆く者もおり、「有罪だと認めたのに、なぜこんな目にあわされるのか」と悔しそうに語る受刑者も。これらはメディアキャンペーンとして放映されたもので、性犯罪の防止に役立つことを当局は願っているという。
■同情の声は少ない
刑務所でこの去勢に携わったある関係者は、化学的去勢は許可されて当然のことだと判断しているという。
ある人物はメディアの取材に応じ、「こういう人間は、どうにかして(犯行に走らないよう)止めなくてはならないのです」「子供たちに対しひどいことをしたのですから、法律が化学的去勢を許可したのは正しい判断に他なりません」と語っている。
インターネットには「子供に与えた苦痛を思い知れ」「根こそぎ男性器を切ってしまったほうが良い」というコメントが多数書き込まれており、同情する声はほぼない。
■6割以上が性犯罪者に怒り
しらべぇ編集部が全国20~60代の男女1,664名を対象に調査した結果、全体の61.2%が「性犯罪者は去勢してもいいと思う」と回答した。
再犯率が非常に高いとされる性犯罪。欲求を抑えられず、人の尊厳を踏みにじってでも犯行に走る人はたしかに存在する。日本でも後を絶たず、多くの人が厳罰を求めていることは言うまでもない。
************************************************************






           ↑クリックお願いします!ぼへー



スポンサーサイト



  1. 2022/01/06(木) 00:00:01|
  2. 【シリーズ】“人間は動物である”
  3. | トラックバック:0

“人間は動物である”というキホンを忘れる者は「ダマされる」!・・・「多様性」「ダイバーシティ」は何故表面的なのか?編

************************************************************
ぼへー 科学や文化が発達し、先進国で現代生活を享受している人間は、ともすると「人間が動物である!」という“キホン中のキホン”を忘れてしまいがちです。
人類の歴史は“ホモサピエンス”からと考えても、20万年、それ以前の旧人類からと考えると700万年位になります。(諸説有り)
“文字の使用”などは、人類の歴史において最近の出来事で人類の歴史のうち99%は文字の記録など無いのです。
また、人間は、物事の判断においても、巷間よく言われる「ノンバーバルコミュニケーション」「動物的カン」のように、(表層的な)論理的思考だけでなく、動物的(本能的・根源的)な判断が無意識的に支配している場面も多いことを忘れてはいけません!
「人間が動物である!」という“キホン中のキホン”を押さえないと「お花畑」「机上の空論」 → 最終的には“ダマされる”ということになってしまいます。

<巷間で語られる「多様性」「ダイバーシティ」の上っ面さ!>
 最近、社会や企業に向け、「多様性が・・・」「ダイバーシティが・・・」と、かまびすしいですが・・・
その内容たるや、端的に言えば、いろんな人種・民族・性別・LGBT…「多様性・ダイバーシティのある社会は、多様価値観を認め合って、スンバラシイ社会が実現しま~す。」的なお話し。
小さい頃にみた「ジャングル大帝」「ライオンキング」「ディズニーアニメ」が、いけなかったのでしょうか?
アニメの様に、ライオンもサルも豚も一緒に、理解し合って楽しいコミュニティを形成出来るはずでしょ!というお花畑的世界観!

<本来の(生物)多様性の厳しい一面>
 人間社会の話として語られるときは、お花畑的世界観になってしまう“多様性”ですが・・・
本来、生物における“多様性”とは、現在地球上に残っている生物は、環境悪化等の要因でドンドン多くの種が消滅し、生物の多様性が損なわれている状況なので、「出来る限り現存する固有種を守り、残すことで生物の多様性を維持しよう」という話です。

 つまり、人間界社会について語るときには、宗教でも民族でも何でもごっちゃにすれば、多様性のある社会・・・みたいなお花畑的世界観で語られる多様性ですが・・・
生物の多様性においては、全く逆!
生物の“多様性”を守るため、それぞれの固有な生物の本来あるべき環境を守ることを差します。
つまり、人工的に運び込まれる「外来種」を排除し固有種を守るために、「外来種」による生態系の不可逆的な被害を起こさない様に、外来種の駆除に躍起になっているのが現状です。

<巷間で語られるような浅薄な「多様性」「ダイバーシティ」が上手くいくわけないワケ!>
 結局のところ、ミクロな個別のケースではなく、マクロで大局的に考えると、巷間で語られるような「多様性」「ダイバーシティ」は上手くいくわけ有りません。
その理由は、「人間も動物である」というキホン中のキホンを忘れた架空の絵空事に過ぎないからです。
 実感できない人は、生物で考えれば、簡単です。
在来種しかいない湖があったとします。
在来種の魚だけでは、賑わいが無く、種も少ないので・・・
色とりどり、大きさも大小さまざまな世界中の魚を湖に放流してみました。
最初のうちこそ、いろんな魚がたくさんいて、豊かな湖になったように思いますが・・・
魚たちは、浸食し合い、最終的には、強い外来種に制圧されてしまいます。
そもそも現生人類(ホモサピエンス)ほど本来「多様性」からかけ離れた動物はいないでしょう。
余程同族嫌悪が激しい習性なのでしょう・・・
ホモサピエンス以外の人類(ネアンデルタール等)は、おそらくホモサピエンスによって駆逐されてしまいヒト科の動物は現生人類しかいない有様ですから・・・

<浅薄な「多様性」「ダイバーシティ」を推進した末の姿とは!>
 これは、人間界でも同じこと!
宗教でも民族でも何でもごっちゃにすれば、多様性のあるスンバラシイ社会が実現・・・
なんてことには、ディズニーアニメじゃないのでなりません。
そんなことをすれば、それぞれの違いが殊更に強調され、諍いの多い社会(いわゆる“分断された社会”)になると同時に、お花畑的建前とは違って結果としては“多様性”が尊重されることはなく、種々の面で「最大公約数」「デファクトスタンダード」に集約されていく社会が出来上がります。
先程の生物の例で話した通り「外来種に制圧された湖」のような社会になるだけです。
現実に、“多様性”“ダイバーシティ”を日本より一足先に進めているとされる欧米諸国を見れば、結論は自ずと明らかでしょう。
個別・例外的なケースは別として、国家レベルで大局的に見た時・・・
欧米諸国で、宗教でも民族でも何でもごっちゃにした結果、多様性のあるスンバラシイ社会が実現していますか??
皆様にももうお分かりですよね!
“人間は動物である”というキホンを忘れた“世に氾濫するポジショントーク”を信じる人は、最終的には「ダマされる」ことになります!





           ↑クリックお願いします!ぼへー


  1. 2021/12/22(水) 00:00:28|
  2. 【シリーズ】“人間は動物である”
  3. | トラックバック:0

<人類は暴力とともに進化> →人間を正しく認識する為の第一歩ですね!

人類は暴力とともに進化、ただし現代は例外的 哺乳類約1000種400万件の記録と殺人の歴史から判明、ネイチャー誌> 2016.09.30 ナショナル ジオグラフィック
 人間の暴力性は、霊長類の祖先からずっと受け継がれてきたものだという研究成果が9月28日付けの科学誌「ネイチャー」に発表された。それを見て「ほら、本当は私たちもただの動物じゃないか」と考えることはたやすいが、そんなに簡単に言ってしまっては動物への理解が足りないようだ。
 この研究で科学者たちは、相手を死に至らしめる暴力的な行動事例について調査した。捕食者と被捕食者など、別種の動物を殺す行為ではなく、共食いや子供の殺害、争いなど、同じ種の中で起きたものが対象だ。
 科学者たちは、トガリネズミから霊長類まで、1000種以上の哺乳類の約400万件の死の記録から、このような恐ろしい行動の証拠を探し、人間の殺人の歴史もまとめてみた。
 すると、1つのパターンがはっきりと浮かび上がった。相手を死に至らしめる暴力は、哺乳類が進化するにつれて増加していた。同種間での争いで死んだ哺乳類は全体の0.3%しかいなかったにもかかわらず、霊長類ではこの数字が6倍の約2%となる。同様に初期人類も約2%で、これは旧石器時代の人骨に残されている暴力の痕跡の割合とも一致する。
 中世は殺人の時代だ。記録されている死のうち12%が人間同士の争いによるものだった。それに比べると前世紀はかなり平和で、互いに殺し合った率は世界全体で1.33%だった。現在、世界でもっとも暴力が少ない場所では、殺人率はわずか0.01%と非常に低い数値を人々は享受している。
「進化史は人間の状態を完全に拘束するものではありません。人間は変化しており、これからも驚くべき方法で変化し続けるでしょう」。論文の著者であり、スペインの乾燥地帯実験所に所属するホセ・マリア・ゴメス氏はそう話す。「祖先が暴力的だったにしろ、平和的であったにしろ、私たち人間は社会環境を変えることによって、個人間の暴力のレベルに影響を与えられます。つまり、私たちが願うなら、もっと平和な社会を作れるということです」
・殺し合わない哺乳類が多数派
 この研究結果で驚くべきは、人類がどれほど暴力的なのかということよりも、人類と哺乳類の親戚たちを比較した点だ。
 野生環境で動物同士の殺し合いが起きる頻度を見積もるのは容易ではないが、ゴメス氏のチームは、同種の動物を殺す可能性が高い動物と低い動物についてのよいまとめを記している。ハイエナが他のハイエナに殺される確率は約8%だった。キイロマングースは10%。そして、丸い目がかわいらしいキツネザルは、種によってはなんと17%が同種からの暴力によって死んでいた。
 しかし、哺乳類の60%で同種間の殺し合いがみられなかったことも考慮すべきだろう。1200種以上いると言われるコウモリの中で、殺し合いをするのはほんの一部だけだ。センザンコウやヤマアラシも、種の中で殺し合いをせずに生活している。
 一般的にクジラやイルカも殺し合いをしないと考えられている。しかし、イルカを専門とする米マサチューセッツ大学ダートマス校の生物学者リチャード・コナー氏によると、最近イルカが子殺しを行おうとする様子が記録されたという。コナー氏は、イルカに近いクジラも、考えられているよりも暴力的であるかもしれないという。
「そうとは気づかずに、私たちはイルカ同士の殺し合いを目撃しているかもしれません。攻撃された側は一見無傷でそのまま泳ぎ去ってしまうのですが、内出血によってやがて死んでしまうのです」
・霊長類における違いこそが重要
 それでも、動物の行動に詳しい米コロラド大学ボルダー校名誉教授のマーク・ベコフ氏によると、動物は実際よりも暴力的であると見なされがちだという。
「暴力は人類の系統に深く刻まれたものかもしれません。暴力的な人間を形容する際に、動物のようだと表現するのには十分に慎重になるべきだと私は思います」
 ベコフ氏は、人間以外の動物の大部分は圧倒的に平和的だと長いこと主張してきた。そして、人間の動物としての進化史に、暴力のルーツがあるのと同じように、利他や協調のルーツもあると指摘する。ベコフ氏は、人類学者の故ロバート・サスマン氏の文献を引用し、もっとも暴力的な哺乳類である霊長類でさえ、戦いや競争に費やす時間は1日の1%に満たないと述べている。
 いずれにせよ、別の動物に決闘を挑むのは危険であり、ほとんどの動物にとって、そのメリットは死のリスクを上回らない。この新しい研究では、社交性や縄張り意識が強い動物ほど殺し合う確率が高いことも明らかになった。この条件には多くの霊長類が該当するものの、すべてではない。ボノボはメスが支配する平和な社会構造を持つのに対し、チンパンジーはそれよりもはるかに暴力的だ。
「霊長類におけるこの違いこそ問題です」と、人間の戦いの進化を研究したことで知られている米ハーバード大学の生物人類学者リチャード・ランガム氏は話す。チンパンジーなどの殺し合いをする霊長類で、もっとも頻繁に見られる同種間の殺人行為は子殺しである。しかし、人間は異なり、大人になってから殺し合うケースがほとんどだ。
「このような『大人の殺人クラブ』がある動物はごく少数です。オオカミ、ライオン、ブチハイエナなど、社交性と縄張り意識がある肉食動物の一部にしか見られません」
 人類の系統にはある程度の暴力性が流れこんでいるのかもしれない。だとしても、人間が暴力行為に及ぶのは当然と結論づけるのは誤りだろうというのがランガム氏の意見だ。殺人的な傾向について、彼は言う。「人間は本当に例外なのです」
************************************************************
ぼへー 極めて示唆に富んだ研究結果なので必ず読んで、“人類という動物の特徴”を理解しましょう。
今日は、この記事から得られる教訓を中心にお話しします。
さて、人間生きていく間に、「相手に対してどのように行動するか」「目の前の人間をどう判断するか」…といった場面が日々繰り返し出現します。
皆様は、そのようなときに、何を心に留めて判断するでしょうか?
判断に当たって「人はそもそも“動物”である」ということを、頭の片隅にでも置いているでしょうか?

いわゆる「頭の良い人」「お人好しな人」ほど、人を判断する時に“自分”や“自分の周りの人達”を基準に~
「人には理性が有るので…」
「真の悪人などいない…」
「話し合えば理解しあえる…」
~…etcといった知性や理性重視の性善説的な考え方で判断しがちです。
 どのような基準で物事を判断しようと、それぞれの考え方・人生ですから、別に否定するものではありませんが…
このブログのテーマである「ダマされない」ということを前提にするならば・・・
あらゆる判断を下す上で「人間は動物である」という立脚点を忘れないことは、大事なエッセンスです。
この事に基づかないあらゆる判断は「ダマされる(「間違う)」蓋然性が高く、「人生を不幸にする」一因と言えるでしょう
人間について考えるときに、理念だけが先行せず、肉体を持った、動物である人間という面を考慮した考えで判断することが、ダマされない事につながります。

<「人間は動物である」→それも極めて暴力性に富んだ動物!>
 人間は動物です。
しかしながら、どのような特徴を持つ動物でしょう。
その最大の特徴は、上記の研究にもあるように「暴力性」と言えるのではないでしょうか。
上記の記事の記載~
「…チンパンジーなどの殺し合いをする霊長類で、もっとも頻繁に見られる同種間の殺人行為は子殺しである。しかし、人間は異なり、大人になってから殺し合うケースがほとんどだ。…」
~オスが他のオスの子を殺す「子殺し」は、自分の遺伝子を残すといった面からも理解はできますが・・・
人間は「大人になってから同種で殺し合う」という極めて特徴的な動物です。
殺人の殆どは“男”が犯しますから、人間の中でも“男”の暴力性が極めて特徴的と言っても良いでしょう。

 上記の記事中の~
「…暴力的な人間を形容する際に、動物のようだと表現するのには十分に慎重になるべきだと私は思います…」
~という言葉は、笑えますね。
「キャー!ケダモノ!」などと言いますが、少なくとも同種同士で「殺し合いまくる」人間の方が確かに余程“ケダモノ”ですね!

上記の記事中の~
「…中世は殺人の時代だ。記録されている死のうち12%が人間同士の争いによるものだった。それに比べると前世紀はかなり平和で、互いに殺し合った率は世界全体で1.33%だった。現在、世界でもっとも暴力が少ない場所では、殺人率はわずか0.01%と非常に低い数値を人々は享受している。…」
~この部分も現代における人間理解に非常に示唆を与える考察ですね。
人間は動物です。
そして、その人間の動物としての最大の特徴は「大人になってから同種間の殺人行為をする」という暴力性とも言えるでしょう。
その暴力性を遺憾なく発揮して良いような社会環境であった中世には「…記録されている死のうち12%が人間同士の争いによるもの…」ということですから、これはなかなかインパクトが強い情報です。
正しい人間理解の上でも頭に留めておくことが肝要です。
さて、このような人類の暴力性ですが、現代においては警察力や教育などの社会環境を整えることで“殺人率”はかなり低く抑えられてきています。
  ↓
これは、言い換えれば~
「教育を施され、警察などによる治安が保たれた環境であれば、人間は殺人を踏み止まれるが、そうでない状態では、その暴力性が解放される可能性は十分高い!」
~ということです。
理念的なことはともかく、多くの人は“本能的なカン”で、普段の生活の中でもそれを踏まえた行動を選択しています。
先進国でさえ~
「女性は夜外出しない(できない)・・・」
「治安の悪い地区には行かない・・・」
「よく知らない男にはついていかない・・・」
~…etcといった判断も、本能的に人間という動物の特徴(暴力性)を踏まえ判断している表れでしょう。

<今日のまとめ>
 生きていく中で、人はいろいろな選択をしていかなければなりませんが、特に人に関わる選択をする際に、「人間は動物である」「動物の中でも高い暴力性を持つ」ということを認識した上で行わなければ、「ダマされる(間違える)」ことになります。
例えば~
「友人を作る」
「お金を貸す」
「男性と飲みに行く」
「旅行に行く」
「結婚相手を決める」
~…etcこのような選択をする際に、認識を誤ると不幸な結果を招くことになりかねません。
人間の暴力性の大半を内包している男性は、自身の心のうちに巣食う暴力性をよく理解しているでしょうが、女性の場合、実感として理解できない面もあると思いますので、特に気を付けましょう。

<あとがき>
 皆様は、「進化論」や「人類の祖先」といったことを学習した際、
「なぜ、現在は猿か現生人類(ホモサピエンス)しかいないのだろう?」と思いませんでしたか?
私は不思議で仕方が有りませんでした。
なぜ、北京原人・ネアンデルタール人位の人類が現在いてもおかしくないのでは??
結局、その頃はウヤムヤで分からず仕舞いでしたが…
後々、ホモサピエンスと同時期に存在していたネアンデルタール人等の人類は最終的には絶滅し、人類はホモサピエンスだけが存在する結果になったことを知りました。
諸説はありますが、ホモサピエンスが他の人類を直接的・間接的に駆逐したことは間違いないものと思います。
そして、その源泉は、人類の同種に対する暴力性が関連していることは疑いようがないでしょう。
ホモサピエンス同士ですら殺しあうのですから、同じ人類とはいえもっと異質な種である他の人類を駆逐することは想像に難くありませんから!
仮に、「猿」でこのような状態が起こったと仮定しましょう。もし「チンパンジー」が人類のような暴力的な種であったと仮定すると…
チンパンジーが地球上の他の猿を直接的(戦って殺す…etc)・間接的(縄張りを奪う…etc)に駆逐して、最終的にチンパンジーだけになってしまうようなことですから、その暴力性たるや恐ろしいものです。
そして、現在も人類は、直接的・間接的に他の動物も駆逐・絶滅させている途上ですからね。
こう考えると、本当に「人類」の存在は、他の動物とは一線を画した存在で、バグってしまっていますよね。




           ↑クリックお願いします!ぼへー


  1. 2021/11/28(日) 00:00:04|
  2. 【シリーズ】“人間は動物である”
  3. | トラックバック:0

武井壮、「結婚相手は若ければ若いほどいい」と主張し視聴者ドン引き・・・“人間は動物である”典型例ですね!

ぼへー  科学や文化が発達し、先進国で現代生活を享受している人間は、ともすると「人間が動物である!」という“キホン中のキホン”を忘れてしまいがちです。
人類の歴史は“ホモサピエンス”からと考えても、20万年、それ以前の旧人類からと考えると700万年位になります。(諸説有り)
“文字の使用”などは、人類の歴史において最近の出来事で人類史のうち99%は文字の記録など無いのです。
また、人間は、物事の判断においても、巷間よく言われる「ノンバーバルコミュニケーション」「動物的カン」のように、(表層的な)論理的思考だけでなく、動物的(本能的・根源的)な判断が無意識的に支配している場面も多いことを忘れてはいけません!
「人間が動物である!」という“キホン中のキホン”を押さえないと「お花畑的理想論」「机上の空論」 → 最終的には“ダマされる”ということになってしまいます。
さて、今回のテーマは、「巷間に流布されている男性の女性観の“ウソ”」についてです。

************************************************************
<武井壮、「結婚相手は若ければ若いほどいい」と主張し視聴者ドン引き>  2019/11/26  ニュースサイトしらべぇ サバマサシ
 25日放送『有田哲平と高嶋ちさ子の人生イロイロ超会議』(TBS系)では、芸能界の結婚できない男達が集結し理想の結婚について熱弁した。そのなかで、百獣の王・武井壮(46)が「結婚相手に求めるもの」として「若さ」だと主張、視聴者からは厳しい意見が寄せられている。
◼若さを求める武井
結婚相手は「若ければ若いほうがいい」と主張する武井に、高嶋ちさ子は「これはヤバい」と絶句。スタジオからも悲鳴があふれた。
武井は慌てて、単純に年齢の問題というだけではなく「気持ちや社会的な常識が若いほうが楽しいし合う」とこの主張を解説、「怒ったり叱られたりするのが一番苦手。ケンカを絶対したくない」と語る。
「大人の社会的常識があって仕事のできる女性に叱られるのが一番苦手。失礼に当たるかもしれないが、ハッキリ言うと高嶋さんみたいな女性が一番苦手」と熱弁した。
************************************************************
ぼへー このコンプライアンス時代に「炎上商法」としての計算も多少はあるのでしょうが・・・
本当に心(金玉)の声に正直な方ですな・・・
いい大人がここまで正直に「自分が動物である」ことを標榜するのは、スゴイですね。

「巷間に流布されている男性の女性観の“ウソ”」
高齢化社会であるからか?
はたまた世の中の女性に占める「若い女性」は少数に過ぎず、多数決だからか?
世の中の女性に対する意見を表明する際の現在における“正解”は~
「年齢を重ねる程女性は美しい・・・」
「若いだけのオンナなんて・・・」
~といった切り口にしておくのが定石・コンセンサスでしょう。
しかしながら、世の中の風潮どおり、社会は動いているでしょうか?

そうです「NO」ですね。
あくまでそのような風潮は“建前”“理念”に過ぎません。
現実に、実際自分の事となると本音が(金玉から)滲み出てきます。

ぼへー 以下の様な事柄が良い例でしょう!
      ↓
************************************************************
<年下を求める男ほど子供を持てない "男に子作りのリミットはない"の恐るべき誤解>  プレジデント ウーマン 2019.09.17
  ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員 天野 馨南子
妊娠出産には女性の年齢が大きく関係していると思われがち。けれど近年国内の様々な統計データからは、男性の結婚年齢と出生率の関係性が非常に強いことがわかっています。男性は婚期が遅れても子どもを持てると考えるのは大間違いなのです――。
※本稿は天野馨南子『データで読み解く「生涯独身」社会』(宝島社新書)を再編集したものです
母親はなぜ息子の婚期を遅く希望するのか
男性の結婚への取り組みが女性より遅れる原因について、「男性の年齢と結婚できるかどうかは、女性ほどは強く関係しないはずだ」という、統計的には誤った一般的な思い込みがあります。
データからは、「子どもより親のほうが、子どもと長く暮らしたがる傾向にある」「とくに母親の、息子に対する結婚希望年齢が遅い」という状況が浮かび上がります。
この母親が持つ意識の問題について、その原因を考えてみたいと思います。
なぜ、母親は息子の婚期を娘に対してよりも遅く希望する傾向にあるのでしょうか。そこには、「孫の顔は見たいけれど、うちの子は男だから、多少結婚が遅れても若い女性と結婚さえすればいいのよ。そうすれば孫は授かれるから」という発想があるように思います。実際に、結婚支援をしている支援側の年配女性の口からさえも、こういう発想からくる発言が平然と語られることがあります。
【50代でも34歳以下の女性を希望する男たち】
この「男だから婚期が遅めでもいい」という発想は、結婚相談所の登録男性の言動からも十分うかがい知ることができます。
結婚相談所では、「そろそろ子どもが欲しいから結婚を考えて登録することにしました」という男性が少なからず見られます。親から「そろそろ孫の顔を見せろ」とせっつかれた人も含まれています。
そうした男性たちの希望は、「判で押したかのように」妊娠力が高いとされる34歳までの女性に集中します。この希望を持つにあたって、男性自身の年齢がいくつであるかは関係ありません。自分が30代後半、40代、50代であっても、「子どもが欲しいから」と当然のように34歳までの女性を希望するのです。
こういったグループの男性のなかでも強気な人になると、「子どもを2人は欲しいから、32歳までの女性を」と要求します。このような男性の頭の中には、次のようなスケジュールが設定されているようです。
【強気な男性の頭の中】
●2人が出会う(彼女32歳)

●交際半年~1年で結婚(彼女32~33歳)

●妊娠1年(彼女33~34歳)

●出産(彼女34~35歳なので2人目の妊娠はすでに難しいはずだ)
「嫁さえ若ければ、孫の顔が見られる」幻想
上のチャートの発想から、「女性が32歳より若くないと2人の子どもを授かりにくい。子どもが2人欲しいから32歳より若い女性を」と要求するのです。
32歳までにとどまらず、20代女性を求めるケースも決して珍しくはありません。50代や60代(ごくまれですが70代)の男性が、「子どもが欲しいから20代の若い女性を」との希望を出すケースも珍しくないといいます。つい先日も、相談所に電話をかけてきて、「おたくの相談所には、子どもが生める20代の女性って登録しているんですかね?」と質問する50代の男性がいたと、相談所のスタッフが苦笑していました。
男性側、またその親たちの認識では、「妻さえ若ければ、妊娠・出産と子育ては問題ない。夫は年をとっていてもいい。子どもは夫が産むものではないのだし(育児は若い嫁がやるものだし)」という発想のようです。
************************************************************
    ↓
ぼへー まったく現在巷間に流布されている「女性は年を重ねた方が・・・」と言った女性観のカゲも形もありません。
残念ながら年齢を重ねた中年男の本音は、まるで“金玉丸出しのエテ公”の様な有様ですね。
やはり、「人間は動物である」という冷厳な現実を踏まえないと物事の本質に到達しませんね。

ぼへー しかしながら、婚活で自分より20~30歳も若い女性を(チンコ膨らましながら)探している位なら良いですが・・・
理性による抑制のきかない「金玉に目鼻がついたような人間」が、男性には非常に多くあらわれます。
本当に注意しないと、いつ被害に遇うか分かりません・・・
      ↓
************************************************************
<相模原市で小1女児の下半身触りケガ負わせる事件 男女共用トイレで犯行> 2018/5/16  ニュース速報Japan  
 神奈川県相模原市南区の男女共用トイレで、小学生の女児の体を触るなどのわいせつな行為をしたうえ、ケガを負わせる事件が起きました。
神奈川県警相模原南署は5月16日、強制わいせつ致傷の疑いで40代の男を逮捕しました。
強制わいせつ致傷の疑いで逮捕されたのは、相模原市中央区上溝に住む無職・柳川孝幸容疑者(42)です。
発表によりますと柳川孝幸容疑者は4月30日正午ころ、相模原市南区にある飲食店の男女共用トイレで、相模原市緑区に住む小学生1年生の女子児童(6)の下半身を触るなどのわいせつな行為をしたうえ、ケガを負わせた疑いが持たれています。
女児がトイレに行ったまま席に戻らないため心配した父親が様子を見に行ったところ、走って逃げる柳川孝幸容疑者を発見。父親は走って追いかけましたが見失い、その後、飲食店店長が警察に110番通報したことで事件が発覚しました。
この通報を受け警察官らが現場に駆けつけ、付近に設置された防犯カメラの映像や聞き込み捜査などから柳川孝幸容疑者が捜査線上に浮上し逮捕に至りました。
警察での取り調べに対して柳川孝幸容疑者は「間違いありません」「食事を終え、会計を済ませた後トイレに行ったところ、小学生の女の子がいたのでムラムラした」などと供述し、容疑を認めています。
この事件にインターネット上では「女児は恐かっただろうな、可哀想に」「こういう変態は死刑で」「男女共用トイレはこういう事件があるからダメなんだよな」「ロリコンは危険すぎる」などと様々な声が多数みられました。
相模原南署は強制わいせつ致傷の疑いとして、柳川孝幸容疑者から事情を聴くとともに、余罪などについても詳しく調べています。
************************************************************
<店長が女性従業員に店内でわいせつ行為 「ムラムラして我慢できなくなった」> しらべぇ2019年10月4日
 埼玉県警越谷警察署は2日、三郷市に住む派遣社員の男(35)を強制わいせつの疑いで通常逮捕した。しらべぇ取材班は、埼玉県警から話を聞き、そして、セクハラの実態を追った。
■女性店員の背後から…
逮捕容疑は、8月29日午後0時30分ごろ、越谷市内の酒類販売店の店舗内で、同店のパート従業員の女性(40代)に対して、背後から身体を触るなどのわいせつな行為をしたもの。8月30日、女性は被害届け出を提出。同署が所要の捜査をし、当時店長だった男を逮捕した。調べに対して、「ムラムラして我慢できなくなって触った」と供述し、容疑を認めているという。
************************************************************

ぼへー 「人間は動物である」≒「男は(発情した)オスである」・・・残念ながら、通常薄皮一枚のような理性で踏みとどまっていても、男は動物そのままに理性が働かない「金玉に目鼻がついたような人間」に変貌します。
また、そもそも薄皮一枚の理性すらない“金玉丸出しのエテ公”の様な男が世の中にはかなりの数存在することも認識しておきましょう。
現在の日本では、まだ行われていませんが、“金玉丸出しのエテ公”の様な男への解決策は、絵空事の理念ではなく、以下の様な方法しかないことは、諸外国の例を見ても明らかです。
それが正しいことは、あなただって「ペットを飼う」ときには、“オスの去勢”は常識であることからも、皆さんも実感できるでしょう。
「人間は動物である」ことを忘れた時、物事の認識を誤るどころか、貞操・命の危険さえあるのです!
      ↓
************************************************************
<小児性犯罪者を化学的に去勢 米アラバマで州法成立>    2019年06月12日 BBC
アメリカのアラバマ州で10日、一部の小児性犯罪者に化学的去勢を行うことを義務付ける法律が成立した。
13歳未満の未成年に対する性的暴行で有罪となった人物に対し、刑務所を仮出所する1カ月前から性欲を抑える薬を投与する。
薬の投与期間は裁判所が決定する。また、薬の代金は対象の受刑者が負担する。
アメリカで性犯罪者に対する化学的去勢が認められたのは、アラバマ州で7州目となる。
ケイ・アイヴィー州知事は、「アラバマ州の子どもを守るための一歩だ」と話した。
************************************************************
<化学的去勢>  Wikipediaより
2015年現在で化学的去勢を実施している国と地域は米国の8つの州およびカナダ、ドイツ、オランダ、ポーランド、スイス、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、モルドバ、韓国である[1]。
化学的去勢は刑事罰というよりも異常な性的衝動を持つ性的倒錯者に対する治療という建前となっており、身体刑とは扱われない。
************************************************************





           ↑クリックお願いします!ぼへー



  1. 2021/04/11(日) 00:00:13|
  2. 【シリーズ】“人間は動物である”
  3. | トラックバック:0

“人間は動物である”というキホンを忘れる者は「ダマされる」!・・・「多様性」「ダイバーシティ」は何故表面的なのか?編

************************************************************
ぼへー 科学や文化が発達し、先進国で現代生活を享受している人間は、ともすると「人間が動物である!」という“キホン中のキホン”を忘れてしまいがちです。
人類の歴史は“ホモサピエンス”からと考えても、20万年、それ以前の旧人類からと考えると700万年位になります。(諸説有り)
“文字の使用”などは、人類の歴史において最近の出来事で人類の歴史のうち99%は文字の記録など無いのです。
また、人間は、物事の判断においても、巷間よく言われる「ノンバーバルコミュニケーション」「動物的カン」のように、(表層的な)論理的思考だけでなく、動物的(本能的・根源的)な判断が無意識的に支配している場面も多いことを忘れてはいけません!
「人間が動物である!」という“キホン中のキホン”を押さえないと「お花畑」「机上の空論」 → 最終的には“ダマされる”ということになってしまいます。

<巷間で語られる「多様性」「ダイバーシティ」の上っ面さ!>
 最近、社会や企業に向け、「多様性が・・・」「ダイバーシティが・・・」と、かまびすしいですが・・・
その内容たるや、端的に言えば、いろんな人種・民族・性別・LGBT…「多様性・ダイバーシティのある社会は、多様価値観を認め合って、スンバラシイ社会が実現しま~す。」的なお話し。
小さい頃にみた「ジャングル大帝」「ライオンキング」「ディズニーアニメ」が、いけなかったのでしょうか?
アニメの様に、ライオンもサルも豚も一緒に、理解し合って楽しいコミュニティを形成出来るはずでしょ!というお花畑的世界観!

<本来の(生物)多様性の厳しい一面>
 人間社会の話として語られるときは、お花畑的世界観になってしまう“多様性”ですが・・・
本来、生物における“多様性”とは、現在地球上に残っている生物は、環境悪化等の要因でドンドン多くの種が消滅し、生物の多様性が損なわれている状況なので、「出来る限り現存する固有種を守り、残すことで生物の多様性を維持しよう」という話です。

 つまり、人間界社会について語るときには、宗教でも民族でも何でもごっちゃにすれば、多様性のある社会・・・みたいなお花畑的世界観で語られる多様性ですが・・・
生物の多様性においては、全く逆!
生物の“多様性”を守るために、「外来種」を排除し固有種を守るために、「外来種」による生態系の不可逆的な被害を起こさない様に、外来種の駆除に躍起になっているのが現状です。

<巷間で語られるような浅薄な「多様性」「ダイバーシティ」が上手くいくわけないワケ!>
 結局のところ、ミクロな個別のケースではなく、マクロで大局的に考えると、巷間で語られるような「多様性」「ダイバーシティ」は上手くいくわけ有りません。
その理由は、「人間も動物である」というキホン中のキホンを忘れた架空の絵空事に過ぎないからです。
 実感できない人は、生物で考えれば、簡単です。
在来種しかいない湖があったとします。
在来種の魚だけでは、賑わいが無く、種も少ないので・・・
色とりどり、大きさも大小さまざまな世界中の魚を湖に放流してみました。
最初のうちこそ、いろんな魚がたくさんいて、豊かな湖になったように思いますが・・・
魚たちは、浸食し合い、最終的には、強い外来種に制圧されてしまいます。

<浅薄な「多様性」「ダイバーシティ」を推進した末の姿とは!>
 これは、人間界でも同じこと!
宗教でも民族でも何でもごっちゃにすれば、多様性のあるスンバラシイ社会が実現!なんてことには、ディズニーアニメじゃないのでなりません。
そんなことをすれば、それぞれの違いが殊更に強調され、諍いの多い社会(いわゆる“分断された社会”)になると同時に、お花畑的建前とは違って結果としては“多様性”が尊重されることはなく、種々の面で「最大公約数」「デファクトスタンダード」に集約されていく社会が出来上がります。
先程の生物の例で話した通り「外来種に制圧された湖」のような社会になるだけです。
現実に、“多様性”“ダイバーシティ”を日本より一足先に進めているとされる欧米諸国を見れば、結論は自ずと明らかでしょう。
個別・例外的なケースは別として、国家レベルで大局的に見た時・・・
欧米諸国で、宗教でも民族でも何でもごっちゃにした結果、多様性のあるスンバラシイ社会が実現していますか??
皆様にももうお分かりですよね!
“人間は動物である”というキホンを忘れた“世に氾濫するポジショントーク”を信じる人は、最終的には「ダマされる」ことになります!




           ↑クリックお願いします!ぼへー


  1. 2021/02/28(日) 00:00:16|
  2. 【シリーズ】“人間は動物である”
  3. | トラックバック:0
次のページ

プロフィール

zam

Author:zam
山一證券を経て、現在エンタメ系企業の役員を務めるかたわらコンサルとして活動中の筆者のブログジャーナル。公金を毀損する輩・高齢者・弱い者を騙す輩を糾弾だ!
※保有資格
宅建/社労士/証券外務員1種/1級FP…

カウンター

フリーエリア

最近の記事

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

メールフォーム

・スパムや荒しの対策にコメント欄は削除しました。 何かあれば、こちらへどうぞ!

名前:
メール:
件名:
本文:

フリーエリア

月別アーカイブ

相互Pingサーバー